なんかの充電中。黒柳猫子のmixi連動ブログ。
千秋楽集団快遊魚第1回公演「浪人三太の正月」
2012年01月29日 (日) | 編集 |

集団快遊魚第1回公演
「浪人三太の正月」
作・演出 小松 豊
1月27日(金)〜29日(日)
高田馬場ラビネスト

今から今日まで。

重宗玉緒個展「祝祭と葬列」その3
2012年01月29日 (日) | 編集 |




染色・着物・オブジェ作家の重宗玉緒さんの作品です。

@荻窪 ギャラリー・色彩物語

偶然通りかかった今日までの開催でした。

重宗玉緒個展「祝祭と葬列」その2
2012年01月29日 (日) | 編集 |
重宗玉緒個展「祝祭と葬列」その1
2012年01月29日 (日) | 編集 |
「幸せ」について☆第0回☆
2012年01月28日 (土) | 編集 |

私的コラム。長いですよ(笑)



一昨年、池袋に住んでいたとき、某書道家さんの路上パフォーマンスで、書を書いてもらったことがあります。

「その人に合わせた言葉を書いて、お値段は本人に決めてもらう」
というので
「(その人がどんな人間か)そんなことわかるんですか?」
なんて私が言ったのに対して
「長年生きてきた経験からわかります」
みたいなことを言ってくれたからなのか、

その時の私は内心興味がありつつすごく保守的な態度だったと思うけど、
「お願いします」
と書いてもらうことにしました。


その時書いてもらった書がこれです。

「……」

書いてもらったあとも私は心が塞がったままのような感じで、
お互い表情が固くて、
予め聞いていた大体の定価だけ払うと、
「ありがとう」
とだけ言ってその場を去りました。

どうしてこんなにも私の心は石みたいになにも感じなくなっているんだろう。

その時は思っていました。

「何でこんなことを書かれたんだろう。」

なんの感情もわきませんでした。

おそらく私は何かのきっかけがほしくて書いてもらいたかったんだとおもいます。
ただ、そのときの私は、
何をかけても「0」、とか、マイナス数値だったのではないか。


昨日の芝居を見たあとにもそういうことを考えることがあったのです。


いつの頃からか、ネガティウ゛なマイナス感情から自分の世界にとじ込もって出られなくなってしまった、

そんなタイプの人が自分の他にもいるというお話を聞いて、少し客観的に考えられました。

これまでの自分がいつも、マイナスな考え方のスパイラルの中にいて
誰に相談しても自分がどうしたいのかわからないために相手まで困惑させて延々話すしかなかったり、
少し勇気を出して現実に触れていこうとしてもつまづくことを気にしたり、

思い通りにいかなくても諦めて開き直ったりもしなければ、
人に心を閉じて籠ったりの繰り返し。

何かきっかけが欲しいと思いつつ、変われない。

変わろうとしても自分から規制をかけている。

その原因は日々の自分の中に「幸せ」という観念が薄かったんじゃないかと。

「自分の幸せ」ってなんなのか「本当に自分のなりたいもの」ってなんなのか、
考え抜けてなかったなと思うのです。

「幸せ探し」と言うものは状況や条件を自分が与えられたことに対して無理矢理幸せだと喜ばねばならないことだと思ってたけれど、
それだけじゃないようです。

また待ってたり、無理に背伸びをしてみたりして見つかるものじゃないんじゃないか。

たとえば小さなことで、

美味しいものを食べられて自分の体が喜んだことを思い返したりしたとき。

自分が関わる関わらないを問わず、
人の幸せなやり取りや表情を見たとき。

自分がしたことで人の役にたったとき。

等々。

そんなとき私は幸せだと思います。

そこで、もっともっと自分の心が喜んだところはどこかとか、

自分はどんな風になれたら幸せなのかを考え抜いてみることにしました。

アニメが好きで声優になりたいけど、
演劇も好き。
できるレベルじゃないけどやってみたくなる分だけまだ諦めきれてないことや、

お金のために働かなければと思うけど、あくせくした生活よりも毎日どこかにのんびりする時間が大事だと感じたり、

何かを創作したり、漫画やアニメを見る時間を持たないと気持ちが落ち着かないのはやはり現実逃避も必要だからかもしれないこと。

また、一人では生きる意欲が沸いてこず、なんでもものぐさになる、誰かがいるからやる気がでる。

それも幸せだったんじゃないか。


また自分の存在自体が誰かの幸せになる生き方にも憧れています。

それは家族間でもできないことではないのだけれど、私のように自分の幸せを見つけられない人の幸せ探しのきっかけになるとか、
より多くの人に幸せをあげるお手伝いをできる仕事にやはり憧れます。

愛とか夢とか理想とかやはり無くちゃいきられない。
中にはそれとは無縁で生きたり、どんなに好きでも優先するもののために諦める生活の人もいて、

そんな頑張ってる人を応援できるような生き方に、自分自身のことはおいて、入り込んでみたいのです。

まだ本音かどうかわからないけれど、
自分の「役割」がちゃんと社会の中にあって、
不器用ながらも務められていることを実感できるのも幸せかなっておもいます。

冒頭で話した「書=言葉」によって私を動かそうとしてくれた人も、
お金よりも、私が元気に笑顔になることを望んでたのかもしれないです。

いろんな人からきっかけが与えられているのに気がつかないできました。

たとえ万人の幸せになることは出来ないとしても、
芝居や芸術や言葉には人の人生を変えたりする大きな力があるから、
慎重と誠意と畏敬をもって関わり続けること、
それを使って人を幸せにすること、
それが私の幸せかもしれない。

とすれば、

もっとそっちに心を開く、
それが一つの答えかな。


今日からももっと考え抜いて生きようと思います。

支配ではなく願いによって今日もみんなが幸せでありますように。

no title
2012年01月27日 (金) | 編集 |

集団快遊魚第1回公演
「浪人三太の正月」
作・演出 小松 豊
1月27日(金)〜29日(日)
高田馬場ラビネスト

今日から!今から!

新宿のアート
2012年01月26日 (木) | 編集 |
おはよう「東京」
2012年01月23日 (月) | 編集 |
おはようございます。

お疲れのところ申し訳ありませんが、この場を借りてゆっくりお話させてくださいませ。


詭弁とは思いますが、
私が時々口にする「東京」はただ、「場所」としての「東京」であって他の特定の「誰か」ではありません。


「東京」を結局離れることしか出来なくて未だに「人害」となってまでじたばたしている私は、
人から自分の才能を認められたいだけの馬鹿な娘です。

自分の理想が叶うのは一朝一夕ではないことは解っているつもりですが、
このままでは、たとえ夢が叶ったとしても自分の幸せだけ考えて相手の事なんかきっと考えないでしょう。

自分の思い通りにしてすべてを支配しようとしているんだと思います。

そんな娘が「東京」とも特定の「誰か」とも、
両想いな訳がないと思います。

「このままでは誰も近づいてこない、世界を広げなければ」と思ったのがきっかけで、
本名と顔を出したのですが前述の言葉の意味と合わせて誤解を招いてしまったことは大変申し訳ありません。


自分の勝手に欲しいものを果てしなくおかわりなんてできるはずがないのにしてきました。


あなた様のお立場からはっきりとした事が言えないことをわかっていながら、
何でも自分の都合のいいようにとってはご迷惑をお掛けしました。

人の注意を聞けず、礼儀もわきまえず馴れ馴れしく致しました。

もう十分長い時間引きずり回し、まわりのたくさんの方も振り回したと思います。

イエローカードを何度もスルーして、

ついに今回はレッドカード出されたんだと心得ます。

だから、私の処遇を好きにしてください。

これが原因で二度と夢が叶わなくても認めます。

もう一生自分の幸せは考えず、人の幸せだけを考えて生きるような思いでおります。

これからは基本的に自分の仕事の売り込みや、宣伝、独り言しか言いません。


しばらくはそれだけです。

許されるかはわかりませんが、私の直接的な応援や労いは恩着せがましく、重たいものになりかねませんのでしばらくは自重致します。

公にしてよいのかわからないのでお手紙ではなくブログからで失礼します。

お仕事頑張ってください。
あなたが日本に二つとない才能の持ち主だと、
嫉妬と羨望の混じった思いでいつも観ています。

いつまでも何年経ってもあなた様の成功と幸せを応援しています。

重ね重ねご迷惑おかけして申し訳ありません。


藤井美也子
御姉様がみてる
2012年01月04日 (水) | 編集 |



こんばんは。


大雪の中、従姉の御姉様(仮名)がお休みを利用して遊びに来てくれました。


母と一緒にこってり話を聞いてくれて励ましてくれました。

家を出るときも一緒でした。

別れ際、握手しました。


その手は今朝出かける父と握手していました。

また、こぱりんの額なでなでした感触がまだ残っています。

母「人は一人ではいきられない」

「みんな一緒に成長する」んだってさ。


家族、人の繋がりがやはり体と心には何よりの栄養と思います。

さらば、迷子の黒猫。

ありがとう。心配かけてごめんね。

また来月。


追伸

PCでブログを見るとテンプレートが真っ黒なので真っピンク(LOVECOLOR)にする事を奨めてもらいまして、
とりあえず変えてみました。

ちなみにピンクは今日のラッキーカラーですわよ(*^o^)/\(^-^*)

主演=主犯という事件のお詫び
2012年01月03日 (火) | 編集 |

絶対見つかる。諦めない。

食い下がって生きてやる!

おねーさんは野生の黒猫だからこぱりんのためにも、

もっと素直になるよ▲_▲∫

初詣
2012年01月02日 (月) | 編集 |


ギリ兎年のこぱりん。0才。数えで一歳。

代わりに初詣してきたよ。

叔母さんぢゃないよ。

おねーさんだよ。

明けましておめでとうございます。
2012年01月02日 (月) | 編集 |
新年明けましておめでとうございます。

昨年は様々なことで皆様にお世話になりました。

今年も宜しくお願いいたします。

これから先も目指すところは変えることなくちゃんと階段を上って行きたいと思います。

黒柳 猫子
私帰るんだーーー!新潟に!!
2011年12月20日 (火) | 編集 |
もしょもしょしててずっと詳細を伝えそびれていました。

私事ではありますが、

この度新潟の実家に帰ることになりました。

先月11月に里帰りしたとき両親と一緒に話し合って決めたことなんですが、

来年の2月末を持って一旦 向こうに帰って両親と暮らすのです。


妹の結婚と出産が決まり、家を守るのが私の役割となったことや、
両親と私のお互いの心配が高まる上で一緒に暮らせるタイミングが今しかないことなど、

向こうにいたほうがいろんな理由からメリットが高いということで承諾しました。


演劇については母に心配され、養成所に新しく入ることを勧められたりもしたのですが、
自分のコンプレックスである「顎の噛み合わせによるノイズ」を集中的に解消するためにボイストレーニングをしたり、
オーディションを積極的に受けたりして、
地元で仕事が見つかれば地元で、
東京に帰ってくるチャンスが獲られれば、帰ってくることもある、
そんな予定でおります。

お世話になっているみなさんには改めてご挨拶させていただきたいと思います。

オーディションは実はもう今から受けてるんですがね。
上手く繋がり持てたら良いです。

「場合によっては人生45度に曲がってもらうこともある」
と母に言われたので先のことなんてまだわかりませんが、
人生長いからなあ、楽しいかなあ。
楽しくしたいなあ。


とにかく2月末に帰ります。

読んでいただいてありがとうございました。

出産
2011年12月20日 (火) | 編集 |
今朝、妹が出産しました。

私はおばさんになりました。

やっとおめでとうが言えました。

立ち会うことはできなかったけれど、
本当の気持ちが伝えられました。

家族と離れて暮らすとすぐに孤独にさいなまれてしまうわるいくせ、
心がブレてばっかりで私は弱いなあと改めて思いました。

本当に私は優しいのかな。
生きていることをまた喜べなくなってた。

しゃっきりしなくちゃ。
「ツイッター」考え改め。
2011年12月19日 (月) | 編集 |
「ツイッター」依存じゃなかったらやっていいのだよな。

自分が依存してない状態だったらいいんじゃね?

考えすぎじゃね?

「バカ発見器」何て言われてるけど、

自己表現とか、啓発とか、詩とか、芸術とか

それってバカかね?


バランス崩さない程度で僕も表現してみようかと思ったりしゅる。
もう一人の私に
2011年12月19日 (月) | 編集 |
自分に自信が持てない人は手の届かないものほどほしいと思ってしまう。
誰も持っていない自分にしかないものには目もくれずに。
人に言われてもそんなものは無いとか、そんなもの無価値だと存在を認めない。
悲しいことにそんなことばかり繰り返していると、人の批判から自分を直していけなかったり、現実に存在していられなくなる。
自分の存在を否定したまま。
ほしいものは永遠に遠いまま。

手が届かないことは目指したらいけないんだと思うんじゃない。
手を伸ばして手に入らないから努力する。
自分に自信が持てないままだと簡単なことからも逃げてしまう底無しの穴になっているのだから
自分を早く認めてあげてください
卑屈になって人を恨んでも、なんにもならない
突然自分を降り切るような覚悟を起こしてキレても


人にできないことを私がやる
人のサポートをする
できないことをできると嘘をつかない

努力努力努力努力

あと少しだけ上手に力が抜けたら

みんなはあなたを好きになってくれると思うよ
ツイッターで「危険です。」と人払いをしておきながら
2011年12月15日 (木) | 編集 |

ツイッターのプロフィール写真を変えたので説明がしたくなったのですが、

内容がのんきすぎるので消しました。

余り語る必要もないですが、以下本題です。



婦人科と心療内科の診断結果が出ました。

ツイッターで「危険です。」と人払いをしておきながらPMS(月経前症候群)でも、鬱でもありませんでした。

ただ月経前には具合が悪いこと、それ以外の時でも神経が苛々して集中できなかったり、
自虐的、他虐的になるのは明確で、
まだ診察は続きます。

ツイッターによく出てくる「宇宙人」とはまあ、そいつのことです。
体がだるくて何もできないとき頭が割れそうに痛いとき、そいつの絶好調期、私の絶不調期=人格変貌期です。
よく「頭から宇宙人が出そう」とか書く必要もないのに書いてますよね。
それです。不快や不平を誤魔化したくて。

ついでに言うと、お分かりの通り、分かりやすいぐらいツイッターに依存症になっています。

私はもともと一つのことに囚われやすかったり、振り回されやすいので、
その度に皆さんにご迷惑お掛けしております。
大変申し訳ありません。

離れればいいのに中毒的麻薬的に離れられないのと、人に共感してみたいのと。
なかなかやめられないのでもうただの暇人に見えますよね。

お医者さんに話したら、

「現実に生きられなくなってるよ?
ツイッターやめるとかしたほうがいいね。」
「現実における枠をなくしてるみたいで、枠がボヤけて見える」
「関わってる人とは現実で実際に会いなさいよ」

自分でも解ってて(わかってないから振り回されるんだが)、リプライなんてもう長いこと無いから辞めちゃってもいいんですが、
非常時の連絡網として持っておきたかったり、
演劇やら活動はできてないけど憧れの人や、友達や、その他の人に共感したくて、つながりは欲しい。

mixiの呟きに逃げてしまったこともあるけど、
我慢しようと思ったら私にはちゃんとできた時もあるから、
とりあえずルールを自分にもうける形で何とか続けたいと思います。

リアルで会える友達も少ないし(笑)、
仕事もしてないし、
やるべきことは出来るだけしてるつもりだけど、
具合悪くなる不安とかあると寂しいんだ。

理想に押し潰されないよう、
自己肯定要素を何とか見つけて、
どんな形でもいいので自分の幸せを見つけて笑顔になるのが今後の目的。

現実に生きてるので、なるべくリアルでちゃんとお付き合いしたいな。

机上の計画
2011年12月01日 (木) | 編集 |
まあ、そういう願望だわさ

快楽主義なんだ俺はキリギリス以下ではこまる


おばか

健全な現実逃避
2011年11月30日 (水) | 編集 |
結論出たので東京に戻ってきました。

自分で思うより私って危うくなってた。


「黒柳猫子(クロヤナギ・ミヤコ)」という名前について、

有名な本家さまと一文字違いですが、

「制限された中でも自分らしくやっていけるように」と本気で付けました。

誰のためでもなく、自分が俳優としてそうなって行けるように。

前の日記で書いた実家に対する思い込みは自分の心の狭さですが、

私が実家に寄り添うと覚悟できないのは、


「長女としてあなたは家庭を守らねばならない」

と言った母の気持ちは汲み取っても、

そのほかの事が我慢できないからだと思います。


「人の気持ちは毎日変わるから、
みんな自分のいいようにしていきたいから、

踊らされて相手に流されたら駄目。

冷静に真に受けないで、受け流しなさい。

確証の無いことに一喜一憂しないこと。

自分からいつも何が起きても慌てないように準備しておきなさい。

人から指示されたら動けるように思い込みを抱え込まずに、寄り添うように。」

と母の説明をまとめて噛み砕いてみたけど、

母の気分も一定じゃないと思い込み、信頼できないでわがままばかり並べてしまう。

私も心身疲れていて無謀な試みに陥ろうとして止められて怒られることを繰り返した。

滞在期間中に言動が変わったり、妄言をはいたり、父を虐めたり、
人格が別人格に変わってると指摘されたり。

私は母が求めている、
「かつての温和さ、優しさ、冷静さ、感謝する心」を取り戻すことにどれだけの時間と心を砕かなければならないんだろう。

一人じゃないお陰でようやく安全な環境を確保できると簡単に思えたら楽なのに、認めて直す気がないのか、頑固。

でも、演劇は辞めなくていいって。

小説も書けばって。

私にとって「長女として」だけではなく
「俳優として制約の中で自分らしくやっていける」事もやはり大切じゃないかと。

慌てずちゃんと一つ一つ。

自分の考えや分析は状況によって変化しても、
想いや情熱だけはずっと一途に続きますように。


これからの現実に向き合う為の健全な現実逃避になってくれないかなと思います。

自然とか芸術とかそういう大きなことに本気で向き合って癒されたい。

癒したい。
母校へ
2011年11月28日 (月) | 編集 |



母と私の母校へ。

卒業してから、同窓会に出たきり、ずっと来なかったけど、

見学にいったら、丁度テスト期間前と同時にクリスマスの讃美歌発表会の練習期間でもあったので、

ランチタイムの半分を讃美歌の稽古に使う学生たちの移動に遭遇したり、
リズムをとりながら真剣に歌う歌声が教室から聞こえました。

校舎の中を歩き回って、外のチャペルも撮影。

枯れた薔薇にも実ができる事に感心して「薔薇ナメ」のアングルで取ってみたんだけど、
写真が趣味の母にはちょっとナンセンスだったようです。

最後に元校長の言葉の石碑を収めて、帰りました。


「優秀」の定義、美醜を問う前に女として強(したた)かでありたい。

なんつて。

ごめんなさい。
2011年11月27日 (日) | 編集 |
別件であるかたに

お詫びしたいことがあります。


今まで、私がいろいろ間違っていました。

鈍かったり否定したりして、いろいろ申し訳ありませんでした。

今もいろいろ間違っていますが、

私は道を求めることを絶対諦めたくないです。

幸せな生き方がしたいです。
幸せになりたいです。

前向きで楽しい考え方ができるようにしたいです。


いろいろ本当にありがとうございました。

ありがとうございました。
これからも大好きです。

どうか見守らせてください。

藤井美也子
実家で療養
2011年11月27日 (日) | 編集 |
おはようございます。

今、実家です。

妊娠中の妹の前で、長女は親と協議中です。

出産は12月だそうです。

いろいろ皆様にはご迷惑お掛けしましたが、
私はこの残り何日かで答えを出せと、
そういうことらしいです。
東京にいるより、実家に帰れば直接話せるのですが、

私は家を継ぐことが決まっているからと、
ほとんど向こうの意思に従うことしか出来ないのかと勝手に絶望、勝手に生きられる計画を勝手に立ててまだまだ抵抗しています。

夏から絶望視していて幸せになる気が失せているのはそういうことです。

相変わらず自分の正当化に力が入って話すだけ無駄に思えて、逃げ出しそうです。

でも、他人の人生じゃないから、
誰かと比べようもなく、先方に納得してしなくちゃいけないのかとも思います。
妹は3.11のせいか、素早く身ごもって結婚し、嫁入りしました。

それを私は受け入れられませんでした。

ずっと恐れていたことがついに来たと思って、ずっとショックでした。

「おめでとう」が言えず、
なんで会社員で店長まで勤めた妹みたいな優れた人間が私と真逆な立場で仕事を辞めるのか、

わがままな私が粗悪品で妹のように自立しなかったせいだとせめたりして、

納得できないどころか酷い因縁までの付けていました。

妹への劣等感や自分の身体の不調などに対する感情が膨れ上がり、

勝手に死にたくなりました。

もう自動的に親の世話をするのは私しか居なくなるので、そこは放棄したらいけないのですが、
それまでも切り捨てられないかと、

地元でお見合いさせられて無理矢理結婚させられたり、
子供を生まされたり、

ローラー機を掛けられたようにどんどん平らになっていく、過疎化していくこの町で暮らしていく自分は想像できません。

現実と向き合えなくて、いま、家族の姿は見えていません。


まだ道を見つけられません。

それでも答えは出さなくちゃいけないから、

ごめんなさい、

まだよく言葉にできません。
結論はまだ先で。
ガラガラギリギリ帰省バス
2011年11月25日 (金) | 編集 |

今、新潟に向かって高速を走るバスに乗っています!
地元に帰省ですっ(`・ω´・)

上越新幹線さんには今回は乗らないのっ(-゜3゜)ノ

今まで高速バスって足パンパンに浮腫んだり、深夜だったりするからそればっかりだと思ってたら、

出てるのね、早朝から昼間、三千円位で行けちゃうバスが!

ひゃほーい(*´∇`*)

ギリギリに乗ったけど平日朝はガラガラにすいてら〜

ひさびさにPA(パーキングエリア)に寄ったりするとなんか観光気分♪



次回はネボーにちゅーい

テヘッ(´・ω・)汗だく

パトレイバーOVAシリーズをクリアした。
2011年11月25日 (金) | 編集 |
今日見たDVD。

「機動警察パトレイバー(NEWOVA)」
「ルネッサンス」
「ルー=ガルー」

全部アニメ。

内、不死ネタ二題。

いや、特に意味はありませんが。

次はやっと劇場版だわさ。

地元帰るの六時間後なのになにやっとるか、俺っ!!
水星逆行が迷信なら私はそれを破れる
2011年11月24日 (木) | 編集 |
月とは喧嘩したというよりも、

ぐだぐだでしがらみにがんじがらめの私に優しくて強い言葉をかけてくれたのだけれど


受けとる側の私がふにゃふにゃで、

内容以外のことに浮かれたり、
ちゃんと受けとるべき言葉を受けとれずに、
前向きになれずに、
反省しながらもぐだぐだした。

大事なことだったのに、

私が掛け算の数字の0のようだったから、

なんの変化もできず、

酷いていたらくを見せ付け続けたせいで

「助けようとするんじゃなかった、助けようとした自分も青かった」

て呆れられたようなことを言われた気がしたので


私が混乱して落ち着きを無くし、今までのやり取りは自分の勝手な思い込みで誤解だったんだと、
慌てたりした。

「もういい加減にして」


と、言われて

私は手を離した



うじうじするのは私の癖だったけど、
それを隠したりごまかそうとして
どんどん泥沼にはまっていった出来事です。



「思い込み、」という言葉を二面に受け取り、

「死ぬまで生きる」

という真実を脅迫に受け取った、

昨日もらった言葉は今まで言われてきて受け取れなかったもの。

私のため、なんてつごうよく思いたくないけど、

あのときの私はただ甘えたかったんだ。


自意識過剰かもしれませんが、

私があの言葉を書かせたのだとしたら本当に謝りたい。

あんなに熱い言葉をもらったら、


私はもうぐだぐだうじうじとできない。

立ち直るしかないじゃないか。

真相よりも罪の意識よりも前へ、ずっと前へ、遠くに行きたい。
帰省前のプレゼント/大好きなお月様とルナティックな自分
2011年11月24日 (木) | 編集 |
一昨々日ぐらいから、
私のピングドラム的ピンクの日記帳が何処かに消え、

心のダムが決壊したため、

ブログにぼやいております。


「俺にぼやくな、篠原にしろ」

と、照れた太田功さん(パトレイバー)のようにブログさんに言われたいと今少し思いました(余談)。


申し訳ありません。
お目汚しでしたらご遠慮願います。



今日は帰省をするまえに某所でエキサイトして遊んできた!

全体的に長時間だったけれどホントにホントに楽しくてハイテンションで感動したし、ドキドキした!!

行って来て良かった!

帰省前の私への大きなプレゼントをいただけたのだと思います。

なぜ、それが今日だったのか私にはまだわかりません、
きっと何か意味があると思います。



実は私は今日に向けて何日も前から気になっていて、
そのために気まずくなってしまわないか心配していたことがありました。

でも、そんなことが全然無かった。

代わりに、

以前、私がベコベコに凹んでいたときに、
私の期待した妄想の幻想が現実になってしまったことにビックリしました。

内容は全然マイナスな出来事じゃないんです。

ただ、原因となる種は確実に私が蒔いたと思うんです…

そればかりが気がかりでどうしたものか。


て、

ここまでかなり抽象的で申し訳ないのですが、


たとえば、こんな例え話で失礼します。



数ヶ月まえ、ある晩のことです。

私が苛々して、見上げたらちょうどそこに満月があって、
つい、月に向かって石を投げたら、
まさか届いてしまって、
「コツン!」
と音がしたからビックリすると、石が跳ね返ってきた…!!

慌てたり、被害妄想になり、依存したり、期待したり、「助けてくれ」叫んだりして、ルナティックな心理状態になった。

私は月の基地の一つに混乱だらけのメッセージを何通も送ったけど、

月と私の関係はややこしくなるだけで、
ついに私は通信する事をやめた。

基地の通信機がパンクして基地が潰れたような事を噂に聞いて、

遠くから眺めてたらこんなことにはならなかったのにと、ガッカリした私。

でも、あの陥没跡にまた新しい基地とか作ってメッセージを送ってくれはしないかと変な期待を一瞬だけした。

それから、数ヶ月後の今日、そんなことはすっかり忘れて、
私はその月が出ることだけをヒヤヒヤしながら見上げていたら、
それは杞憂で、月はまた毅然とした態度で昇っていて、堂々と美しく輝いていた。

石がぶつけられた跡がちゃんと残ってると思っていたのだけど、
陥没してたところは埋め立てられてあって、
その上には新しい基地も立っていた。


!!!!


月はただ、定期的に交信をするためにチャンネルを増やしただけかもしれないのですが、
その通信データの中に私に以前メッセージを送ってきたような言葉があるような気がして。
あのときと似た状況だけど、
理解できなかった通信記録を確認できないし、
受け取り方が分からない。

私はそれに返信出来る通信機能は捨ててしまって答えられないのだし。

いえ、答えなくていい。

だけど…私は月がもっと好きになった。



みたいなことです。

解らないよね…

頑張って伝えられるのはここまでです。


まあ、自分自身、「音がした」のは聞こえたのだけど、

月の表面に「当たった」のかというと証明はできないんですがね…

(つまり、月に直接行って船外服きて酸素ボンベ背負って、
ナイーブに探査しないことには、自分で証拠を踏みしめてしまう心配すら有ります…)

跳ね返ってきた石だって、自分の投げた石って言い切れなくて…

投げた石の大きさすら分からない。


でも、

月が「基地を作ってメッセージを送る」と
私がいつか混乱しながら妄想したことがあるのは本当です。
今日、その月に再会してそんなことがあったら、

自分は本当に予知能力があるんじゃないかと、一瞬マジで青ざめたんですが、

同時に感動と罪悪感が押し寄せてきて、少し泣きそうになりました。
嬉しかったし、ありがとう、ごめんなさいと。


それから、私が生まれてきた使命と、
果たせない原因の障害について少し、

思い出した。

(ヨウナキガスル。)



私が眠ったり、ぼやいてる間も、必死に生きてる人は自分の世界を回転させて、そうすることで世界を回してるんだよね。

誰かが休んでるときに誰かが働いてるから休めるんだ、っていうのとはちょっと違うかな?

どちらも偉いけど、本人は「当たり前」と思ってやってるから、

誰かのためじゃなく、自分のため。

私がここで感謝したところで、私が何か変わるわけでも、
相手が何か直接的にしてくれる訳でもないんだけど、
(たしかにあのときは無意識ながら期待していた。)

ここまで書いてきたことは全部私が思った主観で書いてることだから、

先方に「思い込み」の一言をそそがれたら、

そこまでですが。


1人の人間の脳みその中で考えられてる狭い狭い世界の話です。

もしもあのときネガティブだった私が、石を投げたせいで少しこの世界に干渉できたんだとしたら、

私がポジティブで妄想したことも、
強く思えば行動になって自分で実現することが出来るかもしれない。

一般に言われてる通りのことが、今更ながらに。



あと、

自分勝手だとか相手ありきって結局、
最初に気にした方の負けなのかなって。

人間の器の小ささの現れかと。

自分や他の人を自由にさせてやれずに縛り付けてるのは私で、
そうやって縛り付けた結果自分に跳ね返ってきて、
精神不安定の種になっているみたいです。

その種は私の中で内部分裂すると、
回りに撒き散らして迷惑をかけることもある。


そう、いつも本当に相手に伝えたいことをちゃんと伝えられず溜め込んで自滅して自ら敗けを選んでいるのは私なんです。

そうです、私が勝手にひとり負けしてるんです。


今よりも器をでかくしたい。

そうですね、せめて、スカイハイさんとか、後藤隊長ぐらいに。



今日のプレゼントから感じたなにかを言葉にするとしたら、

私も人生を死ぬまで賭けられる仕事を必死でやる。

逃げ道を絶てるくらいの覚悟で。

一度志したことは簡単には止めたくないよ。


「人と違う私が好き。

だって私の使命は…」


とか、そういう事を言う変な私を自分で好きでやってるの。

ルナティックな状態に近いハイテンションな自分が未だに怖いけど。
でもね
2011年11月22日 (火) | 編集 |
辞めてしまったことも、

続かなかったことも、

やはり、仕事を理由に逃げ道を作ったのだから仕様がない。

どちらにせよ、安請け合いしてる自分が受け入れられなかった。

あるお医者さんには
「やりたいことやれてないんじゃない?」

と言われ、

また別のお医者さんには
「やりたくないことするときもあるよ。
ちょうどいいところは難しいよ。」

と。


ゆえに自分で自分のことが決められなくなったとも言える。

最終的には

「自分で決める」

ために相談するのですが、
私には決断の前にいつも相手がいることが取り払えないのです。

「自己主張」か「わがまま」か。
隣の人も、飼われてる犬も、泣いてる。
2011年11月22日 (火) | 編集 |
えっと、

今週実家に帰ります。



そして月始めには戻ってきます。


ビックリした?

ビックリしてよー


仕事辞める見極めが遅すぎてややこしくなったけど、
結局は、自分の体の状態が緊急事態だったのに無理したことと、
やりたいこととのバランスが取れなくなって爆発したんだと思います。

でも、辞められて良かった。


本当に私は融通が効かない一方通行の中二病(何でも出来る神だと思い込んでるところがある)ですよ。


最近テレビばかり見ていたのだけど、
何か急に太ったタレントさんを何人か見付けて、
「ああ、ストレス溜めてるんだな。
何かしら人に頼まれたら安請け合いしやすいタイプだし、
いろいろ背負い込んじゃったんじゃないのかなー。」
なんてぼんやり勝手な同情のような、
心配のようなことをしていたら、
それは自分のことでした。体重+4キロしていました。

いや、別に仕事が出来る訳じゃないし責任者からしたらろくに使えないアルバイトだよあたしゃ、

ぐらいにしていたら

「とても辛そうにしていてそれを見ている僕も辛い」
なんてことを言われました。

家では動かないで休んで、無理して沢山食べているのもあるけど、
前向きに切り替えられない気持ちに負けてた。

仕事のせいではない。
判断が遅い自分がいけなかったんだけど、

一度就いた仕事がなかなか手放せなかったのも、
やっぱり楽したかった、

自分は何処に行ってもここと同じ、
なにやらしてもダメだと思っていたから。

人に心が開けなくてニコリともアハハとも笑えなかったから。

一度教わったことをまた聞くのは恥だと思ったり、
みんなが統一された一つのマニュアルに忠実にやるべきだと思っていたから。

負担の少ない安全な仕事はお金にならないと決めつけていたから。


でもね、改めて、辞められて良かった。


どんなに上達しなくても、
隔週土曜日の「話し方教室」を辞めるんじゃなかった。

毎週火曜日の太極拳辞めたくなかった。

やろうと思えば今年も舞台に立てた!

ヨガにもっと通って痩せてたし、

生活のリズムは守れていて、婦人科に行かなくて良かったかもしれない!

これはまあ、健康の見直しで結果的には良かったかもしれないけれど、

今のこのときの意味を求めるとしたら、

いかに安全にゆっくりと、
自分の道を求めていくか。

自分の言動が自己主張か、わがままかすらわかってないけど、

自分をなぜこんなに人に解ってもらいたいかと言えば、

相変わらず自分でなんにも決められないからですかね…

またまたまた相談(らしき問答)の連続です。

みんな、いつもごめんね。
良い結果が出せるように家族と話し合ってきます。
幸せの青い綿虫
2011年11月18日 (金) | 編集 |

人が思う以上に自分にとってはワケガワカラナイ人って居るものです。


例えば、「カフェオレ」と一般に呼ばれているものをその人は「コーヒー」というのです。

求められたものが「コーヒー」の「ブラック」なのに、

その人は「カフェオレ」も同じ「コーヒー」だからいいのだ、
と言って「コーヒーどうぞ」と出すんです。


私は「コーヒー」と言えば、「ブラック」のことを一般的な「コーヒー」だと思い込んでる。

私が間違いでしょうかね。
相手が間違いなんでしょうかね。

どちらが間違いかどうかなんて関係ないんでしょうかね。


誰かを支えるとか
誰かに沿うとか
目的のために自分を曲げるとか

そういう部分が私にはどうやら欠けているようです。

よって、私、しばらく休職することにしました。



帰り道に不気味な印象ながらも、
凛と咲いている花があったので写真にとったら、

青い色の見たこともないきれいな綿虫が何匹か服とか頭の上に付いてきた。


私が何かを失うような出来事があると、
前にもこんな幻想的なことがあったのを思い出します。

でも、


あおいむし逃げた。

「タキシード」
2011年11月18日 (金) | 編集 |
意外と見たかったのでござる。

…オープニング(笑)